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藤原みち子の活動日記

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最後の赤紙配達人

 2009年8月12日(水)晴れ

 ビデオに撮っておいた、シリーズ激動の昭和「最後の赤紙配達人」を観ました。

 当時、若者を戦場へと送る召集令状・赤紙を配達する「兵事係」という役割がそれぞれの村に一人は居たそうです。滋賀県大郷村(現在は長浜市)の兵事係・西邑仁平さんが、村の徴兵にかかわる兵事記録や赤紙を保存しておられたことで、戦争の悲しい「ドラマ」が明らかとなりました。

 ドキュメンタリーを織り交ぜ、遺族の証言をもとにつくられたドラマでした。

 戦争は日中戦争、太平洋戦争と拡大し、召集される人数はどんどん増えていき戦争末期には135万枚の赤紙が発行されたそうです。
 
 「おめでとうございます」と赤紙を届け、「ご愁傷様です」と戦死の報を届ける。「道中どんなことがあっても死守すること」と兵事係の心得には書かれていました。

 司令部で何人の兵隊を出せという命令が下ると、管轄の部隊に連絡され、さらに警察を通じて地元の役場に通知され、兵事係が1件1件届けに廻る。赤紙の端に受け取り書があり、本人のサインを貰って帰る。これを1日のうちに行うそうです。

 戦争が拡大されるにつれ、戦死の報告が増え、役場の仲間まで戦死するにつれ、兵事係でいることに耐えられず辞めたい、自分が戦地に行くほうがいいと上司に訴えますが、これも兵隊と同じ仕事の一つだと諭されます。自分が届けた赤紙で多くの戦死者を出すことの辛さ、家族に伝えることの辛さが伝わってきました。

 ドラマは、赤紙を配る西邑さんと5人の子どもを戦場へ送る寺田夫妻、役場の同僚八木さんを中心にして敗戦に至るまでを描いていました。

 小さな大郷村から262人もの若者が戦死し、中国大陸、サイパン、テニアンなど激戦地をすべて網羅、広島で被爆死した若者もいました。戦地といっても一方的に爆撃を受けるばかりだったようです。

 終戦間際には、人間ロケット、人間機雷、人間爆弾船、次々と人間兵器が編み出され特攻隊が出撃する。戦争とは大量殺人です。国民を次々と死に追いやり誰が得をするのでしょう。

 証言の中に「戦争とは死にに行くこと」「戦争のために命をささげる、そういう時代だった。一番悲しいわな、何で戦争するんやろと思った」との言葉がありましたが、赤紙を配る方も受け取る方も家族も、誰もが悲しむ戦争。赤紙に召集する人の名前を書いていた女性も登場し、恋人の名前を書き込んだ辛さを語られました。

 西邑さんは終戦後、軍の命令でこうした戦争記録をすべて燃やすよう指示されましたが、そむけば射殺されるという重大な指示に対し、こんなに沢山の命を奪った記録を燃やしてなるものかと密かに持ち帰り保存してきたそうです。

 1000点に及ぶ資料は、村の若者がいつ召集されどこで戦死したか、家族一人ひとりの性格まで記録された貴重なものでした。やっと2年前に公表されたそうです。

 先日母親連絡会でこの赤紙を配布しましたが、二度と戦争のない世界にしたいものです。

 
by michiko_fujiwara | 2009-08-13 02:00

“子どもたちに笑顔、若者に夢、高齢者に安心を” 日本共産党池田市会議員・藤原みち子の活動日記 e-mail : m_fujiwara(a)wombat.zaq.ne.jp…(a)は@に置き換えて下さい


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