藤原みち子の活動日記

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子どもの日は「男の子の節句?」菖蒲、兜、鯉のぼり、ついでに「ちまきと柏餅」あなたはどっち?

2017年5月6日(土)

c0133422_055834.jpg 5月5日・子どもの日は1948年、終戦後3年目、まだ戦争で親を亡くした子どもや貧困に苦しむ子どもたちがあふれていた時代に、「子どもの人格を重んじ、子どもの幸福をはかるとともに母に感謝する日」として制定されました。国会に対し、子どもの日を祝日とする請願が寄せられた際、5月5日を希望するものが多かったとも言われています。ここから男の子の節句という考え方から、男女の差なく「こども」の日となりました。

 「子どもの日」は「端午の節句」とも言いますが、昔は五月のことを午(うま)の月と呼んでいました。そのため5月の最初の日を最初の午の日(端午)としていたようですが、午(ご)と5(ご)が同じ読み方なので5月5日を「端午の節句」としたんだそうです。

 そもそも中国から入ってきたらしく、中国では悪いことがその家に起こらないよう、よもぎで作った人形を飾ったり菖蒲の葉を門に掛けたりしていました。鎌倉時代のあたりから「菖蒲」と「尚武(武道の武勇を重んじること)」が同じ読み方(なんかこんな語呂合わせのようなのが多いなぁ)なのと菖蒲の形が剣のような形であることから男の子の行事となってきたとか。その意味も厄除けだったことから、強く大きく逞しく成長するようにとの願いを込めたものに変わっていきました。

 兜は武士の身を守るもので、男の子の身を守る、または武士のようにたくましく育ってほしいという願いを込めて5月人形を飾るようになったとのこと。
 鯉のぼりを揚げるのは、中国の「黄河」という大河の中ほどにある「竜門」という流れの早いところを登り切った鯉はいつか竜に化けるという話から来たものだそうです。日本でも「鯉の滝のぼり」という言葉がありますが、これは立身出世、成功して立派になって名をあげることを意味します。

 「ち~まき食べ食べ兄ちゃんが~」の歌にあるように何故「ちまき」を食べるようになったのか、次のような説があるらしく、私は初めて知りました。

 大昔の中国の偉い人に屈原という人がいました。その人は人々にも愛されていました。ある時その地位を失ってしまうことになり、悲しんだ屈原は5月5日に川に身を投げました。それを知った国民が、魚たちが屈原の亡骸を突っついて食べてしまわないよう、餌代わりにちまきを川に投げ入れたという話。そして中国ではその後も5月5日にちまきを作って災いがおきないよう厄除けをしているそうです。

 ここまでは、中国からきた話ですが、子どもの日に柏餅を食べるのは日本独自のものだそうです。

 柏の木の葉っぱは、新しい芽が出てくるまで古い葉は落ちずにずっとあるんだそうです。そのことから「この家の跡を継ぐ、子どもが生まれるまでは親は死なない」ことをイメージして家系が絶えない縁起物とされています。昔は、男の子は家の跡継ぎだとか、家長になるとか、家を守っていくものとして考えられていましたね。

 関東では、縁起物の「柏餅」、関西では古くから伝わる「ちまき」を食べる風習が根付いたといわれているそうです。

 私は愛媛県で中学1年生の夏までいましたが、柏がなかったのか、まあるい柴の葉っぱで包んだ柴餅をつくってもらった記憶があります。今では大阪でも柏餅が主流のように思えますが、ちまきだったのかぁ? なあんて、知っているようで知らない、子どもの日にちなんだお話を集めてみました(;'∀')
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by michiko_fujiwara | 2017-05-07 00:58

“子どもたちに笑顔、若者に夢、高齢者に安心を” 日本共産党池田市会議員・藤原みち子の活動日記 e-mail : m_fujiwara@wombat.zaq.ne.jp


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