2017年7月16日(水)

c0133422_2214661.jpg 議員団の市内施設見学2日目(7月14日)は、伏尾台のフリースクール「スマイルファクトリー」と中川原町の「三恵園」。

 午前10時に伺ったのは「スマイルファクトリー」、増え続ける不登校の子どもたちへの支援を行うことを目的に、2003年9月から、市教育委員会から特定非営利法人トイボックスに委託をすることで事業開始。2004年から市の課外教育活動施設「山の家」を活動場所として小中学生を対象に実施されたそうです。2007年4月からは北海道芦別市にある星槎国際高等学校と提携し、高校部にあたる「スマイルファクトリーハイスクール」を開始。小学校から高校c0133422_2224556.jpgまでの幅広い生徒を受け入れるフリースクールとなったようです。2015年には「山の家」の老朽化のため、学校統廃合により廃校となった旧伏尾台小学校北校舎に移り、あらたな活動場所として現在に至っています。

 自治体が委託をし公教育と連携するフリ―スクールは、全国でも池田市が初めての取り組みとのこと。昨年は呉服小学校で取り組みの報告があり、そこにはなんと加計学園問題でで今話題の前川事務次官が来られていたそうです。

c0133422_2232346.jpg 不登校や引きこもり、学習障害や注意欠陥障がいなど、学校になじめない、人間関係をつくるのが苦手な子どもたちが通っています。電話相談・メール相談・個別相談・個別訪問、きっかけづくりなど一人ひとりの状況に合ったサポートを行っているとのこと。

 スクールに通えない子には戸別訪問でさりげなく接触を図り、対応しているそうです。緊急の場合は24時間体制で対応しているとか。

 市と提携しているため池田市内の子どもたちは、小中学生すべて無料。たc0133422_2265589.jpgだし相談料は30分4000円など有料です。池田市教育委員会より委託を受けているため。本来通うべき学校の出席日数の認定も含めたスクーリングを行っているとか。高校も卒業まで単位や卒業資格を認定できるそうです。

 ほとんどの生徒が進学を希望し、卒業後、スタッフとして働いてくれる子どもたちもいて助かっているとのこと。大学から実習にくる子もいるそうです。ほそごう学園と連携し発達障害の子どもたちの放課後デイも行っているそうです。学期ごとに地域との交流を行っており(掃除やお茶会など)、子どもキッチンも昨年から始められたようです。今年から地域の方を雇用し、c0133422_2274232.jpg15人来られて働いてもらっている。神戸生協のミニコープからも食材の調達だけでなく、インターンとして参加しておられるとか。また最初の教え子がトイボックスで働いているそうです。それは嬉しいですね。

 代表者の、白井智子さんは千葉県出身、東京大学卒業後、松下政経塾に入塾。前職は沖縄でフリースクールに携わっていたそうですが、株式会社経営のため、代表が利益追求に走ったため辞めてきたそうです。でもそこでの経験が今の活動に生きているようです。沖縄アクターズ出身だとか(*^^)v

 1時間があっという間で、もっとゆっくり時間を取ってくればよかった(これは他の施設も同様の感想です)。突然の訪問にも快く対応していただき有難うございました。
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# by michiko_fujiwara | 2017-07-27 02:28 | 議員活動

2017年7月25日(火)

c0133422_134183.jpg 市内施設訪問4カ所目は社会福祉法人・池田芽ばえ福祉会・東山作業所。

 指定障害福祉サービス事業所・東山作業所は、重度の方々の生活介護一本で、作業を通じて生きがいを持ち、日中の生活を支援している事業所です。豊中や箕面の支援学校を卒業する方たちを受け入れていますが、定員が一杯でなかなか希望通りに受け入れが出来ないようです。

 東山作業所の利用者さんは19歳から65歳まで55人(男性25人、女性30人)、22名の支援員さんを中心に嘱託医や看護師理学療法士(非常勤)、管理c0133422_1353298.jpg者と事務員さん栄養士さんは常勤で利用者さんの作業を援助しておられるようです。

 主な取組みとしては、受託加工、自主製作品(さをり織、陶芸、コーヒー)、歩行訓練、リラクゼーションなど。生産活動や日中活動を通して自己選択、自己決定の機会を持つとともに見通しを持って活動できる環境を整え個別支援計画に沿って自立した日常生活を営むことができるように支援する活動をしているとのこと。

c0133422_1362893.jpg 作業現場を見せていただきました。とても明るく話しかけてくれ、作業中の写真を撮らせていただいていいですか?と尋ねると、ピースサインでポーズをとってくれます。
 簡単な仕切りがあれば集団の中でも一人ひとりが作業に集中で来るそうです。箱を組み立てる人、4個ずつカツオパックを袋詰め作業、贈答品の箱詰め作業、部品の出来不出来をチェックする人、糸と糸を結びながらきれいな色目のさをり織を紡ぐ人などなど…。午後3時ごろまで作業をしているそうですが、一生懸命作業をしても一個1円ちょっと。月額2~3万円程度が給料となるようです。安っ!(内容は内職と同じような作業ですから値段も同様です)これでは、自立は遠い!
c0133422_1383415.jpgカウンターには見覚えのあるさおり織のペンケースや印鑑入れがありました。成人式やハッピーテン(2分の1成人式)なども記念品として池田市が買い上げていますが、最近はペンケース(800個)が、数年前から小さな印鑑入れに変更されました。市役所が予算を半分に減らしたからのようです。こんなところまで減らす?

いずれにしても課題は、生活できるだけの仕事をどうつくるのか、支援学校等の卒業生の受け入れをどうするか、キャパいっぱいです。



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# by michiko_fujiwara | 2017-07-26 01:45 | 議員活動

2017年7月24日(月)

 先日(7月21日)空港・交通問題調査特別委員会を傍聴しました。

 この時期は、大阪国際空港周辺都市対策協議会(10市協)の総会に向け、その運動方針について池田市議会の意見集約をする会議となります。

 大阪国際空港は、昨年4月から民間会社。関西エアポート(株)による空港運営が始まりました。10市協の平成29年度運動方針(案)は、関西エアポートには安全・環境対策に万全を期すよう求め、国と新関空会社には引き続き安全・環境が担保されるよう適切なモニタリングと指導監督を求めています。航空会社に対しては、安全・環境対策について万全を期すと同時に、利便性の高い都市型空港としての特性や利用者ニーズを踏まえ、空港をより適切かつ有効に活用すること、としています。

 神戸空港があらたに平成31年4月からコンセッション方式で大阪国際空港同様、関西エアポートが運営することにより、大阪国際空港(伊丹)と関空、神戸の3空港一体で運営されることになりそうです。

 伊丹空港は住宅地の上を離発着するため、近隣市には騒音被害が大きく、10市協がつくられ騒音・環境対策を国に求めてきました。夜間は離発着できないよう規制をし、大型機である国際便は関西国際空港をつくってそちらにシフトしました。しかし、利便性の問題もあり、旅客数は伊丹空港が一番多く、昨年は8年ぶりに1500万人を超えたそうです。

 伊丹空港定期便の発着枠は一日・ジェット機枠200を上限とし、低騒音機枠170を加え370枠となっています。平成29年6月ダイヤはジェット機枠94回、低騒音機198回、プロペラ機78回合わせて370回と枠いっぱい。実際には8月は402便、お正月も370便を超えているようで平均379便就航しているようで、まだ少し余裕があるとか。

 東京オリンピックやラグビーワールドカップ、関西ワールドマスターズゲームズなど世界的スポーツイベントなど訪日外国人の航空需要に対応するため、関空のみならず伊丹空港の果たす役割が大きくなっており、3空港の役割分担やその在り方が見直されることも考えられると方針案では記載されています。10市協では自治体によって温度差がありますが、伊丹に近距離国際便を飛ばせるよう希望する声が大きくなってきています。

 オリンピックに向け、大阪国際空港のターミナルビル改修工事も始まり、旅客の抜本的な同線の見直しや最新のIT導入、商業エリアの全面リニューアルなど行われるようです(地上8階・地下2階建・2020年供用開始)。

 近年、ジェット機で低騒音機のものが増え、それならば、国内長距離便でも近距離国際便でも地域の騒音を基準値以下で飛ばせるのではないかということのようです。それには、現在21時までの離発着最終時間を少し延長できないか…などなど都市型空港の利便性と環境問題との共存をどのような形で折り合いをつけていくかが課題でしょうか。

 10市協は3空港懇談会の中に入っていないため、懇談会が開催されるときにはその情報を10市協にも伝えるよう求める総会方針ともなっています。

 毎年、総会方針が議論されていますが、ここにある要望内容は、実際どの程度受け入れられているのでしょうか…傍聴しながらふと考えてしまいました。国が運営していた時と、民間運営になって以降はどうなのか、まだ期間が短すぎて検証するには早いかもしれませんが、大事な問題です。
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# by michiko_fujiwara | 2017-07-25 02:26 | 議会報告

2017年7月23日(日)

c0133422_0131327.jpg 今日は南部地域で市政報告会。6月議会について報告しご意見をいただきました。

 南部地域は、阪急バスの減便で高齢者など増便の要求が強い地域です。公共交通のあり方と福祉バスの改善について、一般質問したことに対し沢山意見が出されました。

 市長がオリンピックまでにコミュニティバス・福祉バスも含め検討したいと答弁したことを伝えると、「オリンピックまで待てとはとんでもない、神田や早苗の森のバス停ではじっと待っている人がいる。乗り遅れると1時間以上待たなければならないし、待つベンチもない」「ベンチと屋根が欲しい」「尼崎では無料バスが出ている」「刈谷市では民間バスはなく市が古いバスを活用し6路線でバス代無料、子育て中のお母さんたちも子どもとバスで図書館など公共施設で遊んでいる」「阪急バスに補助金を出して増便してもらったらどうか。」「いっそ視点を変えてスーパーなどが買い物に来てもらうように送迎バスを走らせるという考えが必要かも…」などなど意見が出されました。

 猪名川のスピーカーが時々、何かしゃべっている様だけど、何をしゃべっているのか、言葉が聞き取れない。防災無線が聞こえなければ意味がない。

 学校のトイレが洋式化になることでウオッシュレットはつくのか? いやそれよりも便座が暖かくなる方がいい、学校の屋根に太陽光を乗せて電気をどんどん売ってはどうか?

 誰でも入れる共同の墳墓・納骨堂などを市営で作ってはどうかといった声も…。

 市は、お金が無い無いというが、本当に無駄な事業はないのか? 地域コミュニティは予算使いきれていないのではないか、無駄に祭りにお金をかけていいのか? 入札は適切かどうか誰がチェックするのか?など幅広い意見が出されました。

 参考にさせていただきます。

 
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# by michiko_fujiwara | 2017-07-24 00:16 | 議会報告

2017年7月21日(金)

c0133422_13501936.jpg 暑中お見舞い申し上げます。連日暑い日が続いております。熱中症も増えていますのでご注意下さい。

 さてお中元シーズンで田舎から愛媛のかまぼこやてんぷらが届き、懐かしい味にほっと一息ついていますが、私からはいつも夏は桃を送ることに決めており昨夜もそれで千葉のいとこと長話。

 桃にもいろいろ産地がありますが、私は近畿ですから和歌山のあらかわの桃をよく送ります。先日消防長から「あらかわの桃の原木は池田なんですc0133422_13505432.jpgよ」と聞きました。

 確かに池田には桃園という地名があり、池田市歌の3番に「梅かおり桃咲く中に 幸ぞ野に山にあふれる池田♬」とあります。昔先輩議員が畑の梅林と呉服の里の桜並木を守り…と演説されたことを思い出しますが、梅は水月公園にも梅林があり毎年見に行きます。でも桃はどこ…? 

 早速.ウィキペディアを開いてみると、何でも載ってますね~。

c0133422_13511836.jpg あら川の桃は、和歌山県紀の川市桃山町で生産されている桃の代表的なブランド。1994年(平成6年)7月29日に「あら川の桃」および「あらかわの桃」の名称が特許庁に商標登録されている。
安楽川地区(安楽川荘)での桃栽培は、1782年(天明2年)に摂津国池田荘(現在の大阪府池田市)より桃樹を導入したことに始まるとされている。その後、桃の栽培に適した排水の良い砂質土と紀の川の恵まれた水源に加え、温暖な気候等により、栽培面積は増加した。また、その間、栽培技術の向上や品種の研究により非常に高質な桃が生産され、明治時代以降は「あら川の桃」として和歌山市場を中心に販売されていたが、交通機関の発達により大阪を中心とした関西市場をはじめ、一時は北海道にまで販路を拡大した。
 平成に入り市町村合併が進むなか、歴史ある「あら川の桃」を発展させるため、1994年に商標登録が行われた…と出ているではありませんか。

 また広報にも載りましたよと言われ、2012年4月号の「広報いけだ」の記事を探していただきました。おかえりなさい—桃の木の里帰りに見る桃の歴史—という記事。

 紀の川市粉河支所のブログに池田の桃の木のことが書いてあると消防長(やっぱり情報源は同じでした)に聞き現地までいかれたそうです。貴志川支所の教育委員会に文献があるらしく、取材の中でウイキペディアの記事と同じように摂津の国池田庄より桃樹を導入したことに始まり、紀の川流域の砂れき畑にほとんど自生の形で植えられた(??)と文献に記されていることが紹介されています。

 また、桃園という地名についても、大正から昭和の初期にかけて「室町の四季」の一部に、「小川の水の温むころ、2階の窓からはるか南に桃畑や菜の花畠が望まれて、たなびく霞の下にピンクと黄緑の裾模様が色を添えている様は、一双の屏風に描かれた春景色と紛らう美しさである」と表現されているそうです。昭和初期の地図には、ダイハツから八坂神社方面にかけては果樹園の記号がたくさん入っているとのことですから、この辺りが桃園の地名の由来かもしれませんね。

 池田からお嫁入した桃があらかわの桃となり、池田市政70周年には里帰りして桃の植樹が行われたようです。ロマンですね~。

 
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# by michiko_fujiwara | 2017-07-21 13:52

2017年7月21日(金)

c0133422_13452362.jpg 暑中お見舞い申し上げます。連日暑い日が続いております。熱中症も増えていますのでご注意下さい。

 さてお中元シーズンで田舎から愛媛のかまぼこやてんぷらが届き、懐かしい味にほっと一息ついていますが、私からはいつも夏は桃を送ることに決めており昨夜もそれで千葉のいとこと長話。

 桃にもいろいろ産地がありますが、私は近畿ですから和歌山のあらかわの桃をよく送ります。先日消防長から「あらかわの桃の原木は池田なんですc0133422_1346034.jpgよ」と聞きました。

 確かに池田には桃園という地名があり、池田市歌の3番に「梅かおり桃咲く中に 幸ぞ野に山にあふれる池田♬」とあります。昔先輩議員が秦野梅林と呉服の里の桜並木を守り…と演説されたことを思い出しますが、梅は水月公園にも梅林があり毎年見に行きます。でも桃はどこ…? 

 早速.ウィキペディアを開いてみると、何でも載ってますね~。

c0133422_13463244.jpg あら川の桃は、和歌山県紀の川市桃山町で生産されている桃の代表的なブランド。1994年(平成6年)7月29日に「あら川の桃」および「あらかわの桃」の名称が特許庁に商標登録されている。
安楽川地区(安楽川荘)での桃栽培は、1782年(天明2年)に摂津国池田荘(現在の大阪府池田市)より桃樹を導入したことに始まるとされている。その後、桃の栽培に適した排水の良い砂質土と紀の川の恵まれた水源に加え、温暖な気候等により、栽培面積は増加した。また、その間、栽培技術の向上や品種の研究により非常に高質な桃が生産され、明治時代以降は「あら川の桃」として和歌山市場を中心に販売されていたが、交通機関の発達により大阪を中心とした関西市場をはじめ、一時は北海道にまで販路を拡大した。
 平成に入り市町村合併が進むなか、歴史ある「あら川の桃」を発展させるため、1994年に商標登録が行われた…と出ているではありませんか。

 また広報にも乗りましたよと言われ、2012年4月号の「広報いけだ」の記事を探していただきました。おかえりなさい—桃の木の里帰りに見る桃の歴史—という記事。

 紀の川市粉河支所のブログに池田の桃の木のことが書いてあると消防長(やパリ情報源は同じでした)に聞き現地までいかれたそうです。貴志川支所の教育委員会に文献があるらしく、取材の中でウイキペディアの記事と同じように摂津の国池田庄より桃樹を導入したことに始まり、紀の川流域の砂れき畑にほとんど自生の形で植えられた(??)と文献に記されていることが紹介されています。

 また、桃園という地名についても、大正から昭和の初期にかけて「室町の四季」の一部に、「小川の水の温むころ、2階の窓からはるか南に桃畑や菜の花畠が望まれて、たなびく霞の下にピンクと黄緑の裾模様が色を添えている様は、一双の屏風に描かれた春景色と紛らう美しさである」と表現されているそうです。昭和初期の地図には、ダイハツから八坂神社方面にかけては果樹園の記号がたくさん入っているとのことですから、この辺りが桃園の地名の由来かもしれませんね。

 池田からお嫁入した桃があらかわの桃となり、池田市政70周年には里帰りして桃の植樹が行われたようです。ロマンですね~。

 


 
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# by michiko_fujiwara | 2017-07-21 13:47

2017年7月17日(月)

c0133422_2362424.jpg 議員団に市内施設見学3か所目は、五月丘にある障害福祉サービス事業所「池田市立くすのき学園」。

 18歳以上の知的障害のある方が、自立生活に必要な訓練を行い、職業を通して自立することを目的に昭和60年5月1日に開設。平成15年4月に「社会福祉法人産経新聞厚生文化事業団」へ委託。平成16年4月から指定管理の指定を受け現在3期目。平成20年10月1日からは障害者自立支援法に基づく「障害福祉サービス(多機能型)事業所として多様なサービスを実施しているとのこと。
c0133422_2371178.jpg現在の利用者さんは18歳~31歳まで、男性28名女性7名が通っています。

 提供するサービスは、生活介護・就労移行支援、就労継続支援(B型)。

 生活介護は常時介護が必要な重度の方の事業で、園内にある農園での野菜や果樹の栽培し、学園の門の前で近所の方々に販売。ダイハツ自動車から受けた部品の包装作業、公園の清掃作業、バンセイのポスティング、アルミ缶の回収など、定員17名に対し20名が働いているそうです。

c0133422_2384856.jpg 就労移行支援事業は、一般就労を希望し、知識・能力の向上、実習職場探しなどを通じ、適性に合った職場への就労等が見込まれる者で定員は6名、うち3名は離職された方が在籍しているという状況。市役所で6年勤務している人もいますが、障害者を雇うと国が補助金を出す仕組みですが、2年間だけのため、続いて補助金をもらいたい事業者としては、2年で社員を入れ替えることになりなかなか定着できない仕組みになっています。2年と言わずずっと雇えるよう補助金を継続すべきです。

 法律では、健常者とわけ隔てのないように一定の支援をすることでc0133422_23103832.jpg普通の生活が出来る様に、としていますが、実質的にはまだまだ差別がはびこっています。民間事業者になれば、利益を優先することになりますから、その中で自分の就職先を持続させるのは並大抵ではありませんね。

 当初、この地に建設されるとき近隣の反対が多かったと聞いていますが、32年間の活動が、障害に対する偏見をなくし地域での信頼と協力を得ている様子でした。

 平成31年4月には少し山手の国有地に、保育所と隣り合わせで建設・移転とc0133422_23114030.jpgなりますが、今よりも拡充される予定です。拠点となるべき施設としての機能を兼ね備えてほしい、もっと雇用の場を提供できる施設であってほしいと思います。
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# by michiko_fujiwara | 2017-07-17 23:59 | 議員活動

2017年7月15日(土)

c0133422_237570.jpg 議員団の市内施設見学、2ヵ所目は児童発達支援センター「池田市立やまばと学園」を訪問。

 やまばと学園は昭和46年4月に「精神薄弱児通所施設」として開設。当時は4歳から12歳までの発達遅延児を対象にに療育を開始しましたが、昭和49年4月に就学年児が養護学校や養護学級に入り就学前児のみとなりました。平成11年7月に「知的障害児通園施設」となり平成25年4月からは児童福祉法の一部改正により「児童発達支援センター」となり、地域に住む障害児も利用できるようにしたとのこと。
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 この間保育所で障害児保育の実施に伴い、2歳児より受け入れ開始。言語発達相談、理学療法士による機能訓練、親子教室、スポーツクラブ、キッズクラブなど発足。
 指定障害児通所支援事業として、3~5歳まで・週5日通園(3人×3クラス)の児童発達支援事業と、おおむね小学2年生までの放課後等デイサービス、平成27年4月からは待機児童解消のため、1歳児は週1日通園、2歳児は週2日通園クラスが発足、1~2歳児を対象にひまわり親子教室も週1回開催され、入園までの療育見極めのための教室となっているそうです。
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 子どもたちの発達に合わせて、保育士(10名)、心理相談員(2名常駐)、言語聴覚士(1名・週1回)、作業療法士(1名常駐)、医師(児童精神科、小児科、内科、歯科)や看護師などいろいろな宿主が連携し合いそれぞれの立場から療育援助を行っているようです。

 c0133422_2414924.jpg 教室には、一人ひとりの状況に応じた1日の過ごし方を分かりやすく絵にして手を洗う、歯みがきをするなど習慣づけをさせている様子が見て取れます。給食も食べられない子どもがいると聞いていましたがこの日は美味しそうに食べていました。

 ご近所との関係も良好とのことでした。今度は保護者の方の声も聞いてみたい、私たちには分らないご苦労や悩みもあるでしょう。政治がどう手助けをすればいいのか、一人ひとりが尊厳を持った生き方が出来る様にするために…。
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# by michiko_fujiwara | 2017-07-16 02:46 | 議員活動

2017年7月12日(水)

c0133422_2171565.jpg 昨日は、議員団で市内の施設を訪問。

 午前中は、石橋南小学校に隣接するなかよしこども園と旭丘にある児童発達支援センター、午後は五月丘のくすのき学園と東山町の東山作業所へと、石橋から北部まで車を走らせました。

 なかよしこども園は、もともと幼稚園と保育所が隣り合わせに設置され塀で仕切られていたそうです。かつては、すべての小学校区に公立の幼稚園と保育所があるという全国的にも優れた施策が行われていましたが、幼稚園をc0133422_2183585.jpg4つに統廃合し、保育所も民営化が進められ公立は4保育所に。さらに今後五月丘保育所の民営化、呉服保育所がひかり幼稚園の隣に移転し認定こども園になる方向性が出されました。

 そのさきがけとなったなかよしこども園は、10年前に2つの間の塀を取り払い、幼稚園教育要領と保育指針の統一カリキュラムで実施されています。ですから園庭は2つあり、幼稚園の園舎と保育所の園舎が別々にあります。4~5歳児は午前中一緒に過ごし、午後からは保育所の児童はお昼寝し、その間に幼稚園の子どもたちはお迎えに来られるようです。お迎えの門は別にc0133422_2224624.jpg開けられるそうです。

 以前幼稚園の先生に聞いたことがありますが、子どもたちをお昼で送り出すと、午後は翌日の教材の準備などがあるとおっしゃっておられました。しかしこども園では、保育士さんも幼保両方の資格を持ち、4~5歳児の先生は、午前中幼稚園のカリキュラムで過ごし、午後は保育をすることになります。

 幼保それぞれの一日の過ごし方が違うため、先生・保育士さんたちも大変だったのではないかと尋ねますと、幼稚園教諭は一日中子どもをc0133422_225917.jpgみなければならないことに戸惑い、保育士は、研究保育を深めることに戸惑っておられた様子。だいぶん慣れたとのことでしたが、3年間は大変だったとおっしゃっておられました。幼稚園に相当する1号認定児は「にじ組」,保育所児童に相当する2~3号認定児は夜のお迎えになりますから「ほし組」としたそうです。フリーの先生は年少2人、年長さん担当に1人おられるとか。

 幼稚園は校区が一つのため通園バスはありませんが、保育所は待機児童対策のためライオンズマンションにあるもりもりキッズから送迎バスが来ますので、その受け入れや、事故などの場合は保育士さんがバスに乗っていって保護者にc0133422_2273357.jpg報告をされるそうです。

 今は文科省と厚労省に報告書類を送らなければならないため、先生方は他の幼稚園や保育所ではしなくていい事務仕事までしなければならず、本来の子どもの教育や保育に携わる時間が削られます。認定子ども園になれば、内閣府(?)だけへの報告になるようですが、園長さんや副園長さんのように管理職の方の仕事が、子どもの総合的な見守り責任のみならず事務作業に追われていては本来の仕事に専念できないような気がします。それって市役所の仕事を肩代わりしているんじゃないの?

 いずれにしても、先生方は口にはされませんでしたが、先生方の努力(負担増?)で、子どもたちに変わりない保育をキープ出来ているのではないかと思いました。
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# by michiko_fujiwara | 2017-07-12 23:58 | 議員活動

2017年7月10日(月)

c0133422_045734.jpg 核兵器禁止条約が7日(この日はちょうど平和行進が池田を通過し兵庫県・川西市へ引き継がれた日)、ニューヨークの国連本部で開かれていた「交渉会議」で、122ヵ国という圧倒的多数の賛成で採択されました。オランダが反対、シンガポールが棄権したとか。これは国連加盟193か国の63%にあたるもの。

 人類史上初の核兵器禁止条約の採択は、日本の被爆者をはじめ「核兵器のない世界」を求める世界各国とその多くの人々の多年にわたる共同の取り組みが実を結んだものと言えます。広島・長崎への原爆投下から実に72年。条約の前文では、核兵器の非人道性を厳しく告発し、核兵器による惨害を防ぐ唯一の確実な道として核兵器の廃絶の必要性を謳っています。

 唯一の被爆国である日本政府こそが、この条約に率先して参加し賛成すべきであったのに、参加しないと表明したことは実に情けない。

 おりしも池田市議会では6月議会最終日の27日、「核兵器禁止条約」の実現を求める意見書(案)を全会一致で採択しました。日本共産党が提案し、一部修正を加えて採択しました。その全文は次の通り。

          「核兵器禁止条約」の実現を求める意見書(案)

 「核兵器禁止条約」は、核兵器の全廃と根絶を目的として起草された国際条約である。
 今年3月27日から31日まで、ニューヨークで開かれた「核兵器禁止条約の国連会議」(第1会期)は、参加国115ヵ国を超え、各国政府と「市民社会」(NGOなど)によって構成され、戦後の国際政治の上でも、文字通り画期的、歴史的な意義を持つ会議となった。
 昨年4月、広島で行われたG7(主要7ヵ国)外相会議で、日本は他の核保有国や各依存国と共同して、「我々は、核兵器を二度と使われてはならないという広島及び長崎の人々の心からの強い願いを共にしている」との宣言をを世界に発信した。この宣言を胸に、日本政府は今こそ同会議への参加に踏み切るべきだった。
 また、唯一の戦争被爆国である日本政府の「不参加」表明は、各国の政府代表から強い批判と失望がもたらされた。その中で、日本政府に代わり「市民社会」代表の被爆者の訴えが各国政府にも大きな感動を呼び、国内外の被爆者9人が呼びかけた「すみやかな核兵器を廃絶を願い、核兵器を禁止廃絶する条約を結ぶこと」を求める被爆者国際署名にも期待が寄せられた。情勢は、日本政府が被爆国にふさわしい役割を果たすことを強く求めている。
 国連会議は第1会期では、すべての参加者が条約締結への断固とした強い支持を表明した。5月22日に示された条約草案は、広島や長崎を念頭に「核兵器の犠牲者(被爆者)の苦しみを忘れずに」と盛り込むなど、核兵器の非人道性を強調し、核兵器の使用。開発、保有、供与をすべて禁止する内容が記載されている。
 6月15日に始まった第2会期では、条約草案に対する評価と、会期内の採択を達成する決意が相次いで表明されており、核兵器禁止条約」採択への強い流れが出来ている。
 よって、本市議会は、今こそ政府が「核兵器禁止条約」の実現のため、核兵器を禁止し、廃絶する条約締結に条約締結にむけてイニシアチブを発揮するよう強く求める。

 以上、地方自治法第00条の規定により意見書を提出する。

 平成29年6月27日
                                       池田市議会

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# by michiko_fujiwara | 2017-07-11 00:54 | 平和へ